Steve Jobs氏のApple CEO退任発表から半日以上が経過して、メディア各社の記事ラッシュも一段落ついたように思う。記事の多くはJobs氏本人の足跡を振り返ったり、今後のAppleはどうなるかといった点を分析するものだったが、その中で改めてAppleを支えてきた人々について脚光が集まりつつある。その1人、新CEOに就任したTim Cook氏とはどんな人物なのか、スポットライトを当ててみよう。

Tim Cook氏(写真左)。2008年のMacイベントのQ&Aにて、Steve Jobs氏(写真右)とともに登場した際のもの(写真提供=Yoichi Yamashita)

Jobs氏とは対象的なパーソナリティ

Jobs氏の退任発表後に出てきたさまざまなメディアの記事の中にあったのが、「Who is Tim Cook?」というそのものズバリのタイトルのFinancial Postのエントリだ。非常にストレートだが、いま読者が気になる情報を整理してまとめているので読む価値はある。多くのAppleウォッチャーにとってTim Cook氏の存在がクローズアップされてきたのはここ最近のことで、その人となり、初期のキャリアについて把握している人は比較的少ないと思われる。

Financial Postでは、Cook氏とJobs氏を非常に対照的な人物として紹介している。Jobs氏に関して多く語ることはないが、激しい気性の持ち主で部下に対する攻撃も厳しいことはよく知られている。一方でCook氏は腰が低くて口調は柔らかく、だれに対しても丁寧に対応するという。だが仕事ぶりは非常に熱心で、自身を含む周囲の状況をすべて事細かに把握しており、鋼の精神をもって物事に立ち向かう姿勢をもっているというのだ。

かつてCook氏がCompaq Computerに在籍していた時代に上司だったGreg Petsch氏という人物は、Cook氏は名誉やエゴ、ましてやお金のために動くのではなく、そのものを勝利へと導くことが主眼にあると、同氏の仕事に対するモチベーションについて説明している。またJobs氏が若くして成功した時期に派手な立ち居振る舞いをする傾向があったのに対し、Cook氏はプライベートも感じさせないような形でひたすらもくもくと仕事を続けていたという。趣味の面でもJobs氏はベジタリアンであったりスピリチュアル方面に傾倒していたのに対し(インド放浪などは有名だろう)、Cook氏は出身地であるアラバマ州のオーバーン大学でフットボールに夢中になるなど、健康的でアメリカ人らしい趣味といえるかもしれない。

とかく正反対の2人ではあるが、これがAppleの経営となるとうまく互いを補完し合って機能していたというのが面白い。それはここ10年あまりのAppleの軌跡を見ていても明らかだろう。気難しいJobs氏にも全幅の信頼を寄せられたCook氏だからこそ、Jobs氏不在の時期を含むAppleの経営を一手に引き受けてうまく運営させられたのだと考えられる。

IBMからリセラー、Compaqを経てAppleへ

Cook氏のキャリアは前述のように大学フットボールの強豪校であるオーバーン大学で1982年に工業エンジニアリングの学位を取得したことに始まる。同氏の社会人としてのキャリアはIBMでの12年の勤務経験として始まり、製造や配布に関わる部門に所属している。なお、このIBM時代の1988年には、デューク大学でMBAを取得している。その後1994年にコンピュータリセラーのIntelligent Electronicsへと移籍し、さらに1997年にはCompaqでワールドワイドマテリアル部門のバイスプレジデントとなった。だがCompaqの在籍はわずか6カ月間のことで、その年のうちにすぐにAppleへと入社しており、同氏のAppleにおける13年のキャリアと今回のCEO就任へとつながっている。Cook氏によればAppleへの入社は意図しないものだったそうだが、現在では自分の中で最良の選択だったと2010年に大学の後輩に語ったという。

Appleの業績向上に大きく寄与

しかしご存じのように、この1997年というのはまだAppleが非常に混乱していた時期だ。Jobs氏がリストラに着手したばかりの段階で、同社会計年度で1997年度には10億ドルの赤字を計上している。それが1998年には数々の施策もあって黒字転換しているのだが、その背景には、製品ラインのシンプル化や数多くいたディストリビュータやリセラーの整理、製造部門のアウトソースなどがある。このとき、最終的には積み上がっていた在庫が前年度の5分の1の水準にまで減ったようだ。グロスマージンは1997年時点で19%だったものが、1998年には25%、そして2010年度には39.4%と製造業としては驚異的なレベルにまで上昇している。こうした在庫管理の効率化やサプライチェーンの構築、地道なコスト低減策などにおけるCook氏の手腕で、徐々に業績が上向いていったことが知られている。

それにともなってCook氏自身のAppleでの地位も少しずつ向上し、2000年にはグローバルセールス部門の責任者に、2004年にはMac部門のトップとなり、そして2005年には現在とほぼ同等のポジションにあたるCOO (Chief Operation Officer)へと就任している。Bizjournalによれば、2010年の同氏の年間サラリーは約80万ドルで、ボーナスや株式報償などは総額5,900万ドルに達するという。業界トップレベルのサプライチェーンを構築した手腕やその働きぶりから、相応の収入を得ている成功者だといえるだろう(Jobs氏本人の収入は年間1ドルだが)。

真の意味でCook氏が率いる新生Appleはいつ誕生するのか?

そして問題は今後だが、すでにAppleには数年先までの製品ロードマップができており、しばらくは製品開発のディレクションなどにおいても混乱することはないだろうといわれている。製品発表会や株主説明会を含め、Jobs氏不在の時期に何度もCook氏が代理として表に立っており、その実力も折り紙つきだ。Jobs氏というアイコンこそ不在だが、ビジネスとしてはもうJobs氏なしでもCook氏を中心としたチームだけでAppleを運営することが可能だと考えられる。

だが一方でZDNetの「When does Apple's Tim Cook era really begin?」というエントリの指摘にもあるように、真にCook氏がAppleを率いる時代は、製品ロードマップが一段落してJobs氏の影響が完全になくなったタイミングで訪れることになる。また現在はAppleに好調を許している他社も一方的にAppleにやられ続けるという展開は考えられず、近い将来力をつけて本当の意味でのライバルとして立ち向かってくるだろう。Cook氏が率いる新しいAppleの真価が試されるのはそう遠くない数年先のこと。われわれとしては、変化していく新生Appleの推移をこの目でしっかりと見届けていきたいところだ。

最後にCook氏とは直接関係ないが、Appleを支えたもう1人の立役者であるJonathan Ive氏にフォーカスを当てた記事がWall Street Journalに掲載されている。興味ある方は一読してみるといいかもしれない。本稿では紹介のみにとどめておく。